あけおめ!

あけおめです。

今回の記事はご挨拶がてら、つれづれと年末年始のどうでもいい色々を振り返る日記を書いていきます。なので中身はありません。あしからず。

まず、年末にいつも思うこと。

早いですねぇ

これ、絶対に言うと思います。

「もう今年終わっちゃいますよ、早いですね〜」「早いね〜」なんていうやり取りを、基本的に他人と没交流な私でさえ幾度もします。

だけどこれ、いつも思うけど本音で言ってる人ってどのくらいいるんだろうか。ちなみに私は「んなことないけどなぁ」と心の中で思いながらも、特に仕事中に会う赤の他人に対しては形式通り「早いですね~」と同意している。

なぜなら、このやり取りは、ほんのりとした親密な空気を生みだすからです。「時の流れは早い」という意見を共有する時、そこに暖かな空気が生まれる。「すべては過ぎゆく」という生の根本的な性質に対する共感。それは立場や年齢は関係なく共有される。だから「ほんま早いわ」という人には「早いですねぇ……」なんてしんみりと同意するのが私の中で正解となっている。まあ、浅い付き合いの人に限りますが。

友人と話す時なんかはわざわざ嘘をつきません。「今年早かったわー」とか言われても「そうなのか」って感じで同意はしません。僕は去年一年間を非常に長かったと感じるし、毎年そんな感じです。「今年も早かった」という定型句は、社交辞令として口にしている。こんな人、結構多いのではないでしょか。

最近30歳になりましたが、やはり友人などの「20代短かったわ〜」というセリフには「それ本当に言ってる?」という感想を抱く。私がみんなより中身無くボーッと生きてきたせいなのかもしれませんが、20代は恐ろしいほどクソ長かった。「もう30歳」ではなく「やっと30歳かよ」という感覚なのです。これが倍以上、健康に生きれば三倍も続くとか……!

人生短いとかいうが、光陰矢のごとしとかいうが、私は全っ然そんな感じ方をしていない。すごく長いよ人生は。

こういう感じ方の人、絶対かなりの数いるはず。人間関係を円滑にする為に、彼らは心にも無い「早かったね〜」を世間に合わせて言っているはずなのです。私のように。

なので私と同じように感じる、少々ボーッとしたあなた。もし年末に私と会うことがあったら遠慮せずにこう言っていいですよ。

「今年も長かった〜」と。

年の瀬といえば、格闘!

年末年始の私の楽しみといえば主に格闘観戦です。ただしリアル格闘技ではなく格闘ゲーム。私はテレビを持ってないのでK-1やPRIDEを観ることはできません。昔は好きだったのですが、期待した末にがっかりさせられる確率が高いので、最近は少数の天才的な選手の試合だけ、あとからYouTubeで観ています。

最近ではボクシングの井上尚弥とかK-1の武尊とかキックと総合の那須川天心。この天才達の試合は、格闘ゲームより観てて面白い。

久々に朝昇龍みた

そういえば大晦日にアベマTVで「朝昇龍に相撲で勝ったら1000万円」という企画をやっていました。観るつもりだったのですが、事前の顔合わせ特番がいまいちだったので結局観なかった。

何がいまいちだったかというと、演出です。演出的に「なんじゃこりゃ」という場面がありました。

ラガーマンの清家という挑戦者が、自己アピールとしてタックルの威力をKgで計測するというマシンにタックルしました。それが150Kgくらいあった。そこで、その流れは終わりでよかったのてすが、何を思ったか司会がボブ・サップにもタックルをするよう求めました。それが100キロくらいで、必要の無い笑いが起きる。その時点で「強力な挑戦者」という位置づけだったボブ・サップが間抜けな感じになって寒いのですが、まだ笑いになっただけ救われていた。

そこからが最悪だった。司会は漫才コンビのTKOだったのですが、朝昇龍にもタックルを計測するよう求めた。この時点で誰から見ても失敗です。朝昇龍はタックルの計測が初めてのようで、つまり無茶振りであることが明らか。タックルという動きに慣れた現役ラガーマンである清家を上回る可能性はほぼ無かった。しかも、仮に朝昇龍が清家を上回る数値を出したとしても、大して面白くはない。清家という挑戦者のイメージが下がるからです。

つまり、あそこで朝昇龍にタックルを計測しろという無茶振りは、どう転んでも寒くなる完全な悪手。これは後出しの結果論、というのではない。あの無茶振りがされた時点で、結果が出る前に「なんでだよ」って私は見てて思いました。

朝昇龍はやはり清家の数値を遥かに下回っており、気まずい感じになった。果ては朝昇龍自身に「スーツ着てるからね」と自分でフォローさせるという寒すぎる展開に。

あの判断をしたのが司会のTKOだったとしても、思考の働いてない条件反射的バラエティノリが腹立ちますし、それよりなにより、あの場にはちゃんとプロデューサーなり演出のプロが立ち会っていたはず。素人目にみても絶対に企画全体が寒くなる流れである、あの「無茶振り」を止めなかった時点で、素人くさいと言わざるを得ない。

つまり、この企画は「素材は良いがコックが無能な料理」だと確信しました。こういう類いの番組は、煽るだけ煽って結果は茶番、となるに決まっているので、時間を浪費してストレスを貯めるという結果を予想して視聴は見送りました。

ただし、アベマTVは優れたサービスだと思っています。こういった地上波放送を脅かす企画も素晴らしい。今回は「もっと演出に気を配る」という課題が発見された、ということです。前回の「亀田興毅を倒したら1000万円」ではサーバが落ちて途中で視聴が出来なくなった。そこで得られた「サーバの増強」という課題をクリアして、今回の企画にのぞんたはず。これはネットで無登録でTVを見ることが出来るという革新的サービスです。新しいことをやるんだから、初めから完璧というのは無理なのです。今回の演出家の無能っぷりという失敗も、言うなれば必然。しゃあない。これからの企画を楽しみにしています。

琴光喜はよかった

ただし、最後の挑戦者である琴光喜との戦いだけ、あとでyoutubeで見ました。朝昇龍と琴光喜。共に魅力的だった引退力士同士の、おそらく人生最後の真剣な取り組み。これだけは見たかった。そして……最高だった。

なにが最高だったかというと、戦いが終わった後の二人の顔です。琴光喜は満面の笑顔で、目からは涙を流していました。朝昇龍も泣きそうになっていた。二人にとって、この勝負は、人生を投じた相撲道の本当の幕切れだったのです。

朝昇龍はうるさい奴らにあーだこーだ言われつつ、大好きな相撲から身を引いた。そして現在、日馬富士が後輩をボコった事件で大相撲のイメージは寒いことになっている。朝昇龍と琴光喜も、色々思うことはあったはず。だが、彼らは理屈抜きのぶつかり合いで相撲を思い出した。命をかけていた時代を、勝負に捧げた人生を――その締めとしての勝負に、世間の声も目も関係ありませんでした。何万人も視聴している最後の土俵には、二人しか存在していなかった。

結果は、朝昇龍の勝ち。

勝負の後、かつての敵と共に笑顔で涙を流し合う二人は最高に輝いてました。これだけでも、この企画には価値があったと言えるでしょう。

ことよろ

思わず熱く語ってしまいました。朝昇龍と琴光喜の締めの一番。年末年始の格闘ゲーム事情も熱かった。その他もろもろ、ぼっちなりに楽しんだと思います。前に観たアニメを一気に通して観たりしました。『CLANNAD』というアニメです。久々に観て色々と思い出したり考えたりしたので、次回書こうかな。内容はしょうもない思い出話になると思います。

今年も、こうしたどうでもいいことばかり書き散らしていく所存です。よろしくお願いします。

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